「抗利尿ホルモンってどんな作用があるの?」
「抗利尿ホルモン薬が用いられている疾患は?」
このような疑問を持っている人は少なくないのではないでしょうか。
本記事では、抗利尿ホルモンが作用するメカニズムや、抗利尿ホルモン薬の適応疾患である中枢性尿崩症・夜尿症について徹底解説。
抗利尿ホルモン薬の種類や主な副作用も紹介します。
さらに、抗利尿ホルモンに関わる疾患として腎性尿崩症やSIADHについても紹介。
本記事を読めば、抗利尿ホルモン薬に関する理解を深められます。
興味がある人はぜひ最後までご覧ください。
抗利尿ホルモン(ADH)の作用
抗利尿ホルモンとはその名の通り、尿量を減らす作用を持つホルモンです。
脳内の「視床下部」という場所で産生され、「下垂体後葉」という場所から分泌されています。
なお、「バソプレシン(AVP)」という別名を有しています。
抗利尿ホルモンが働きかけるのは、腎臓にある「集合管」という場所です。
集合管は腎臓における尿の通り道の一部であり、毛細血管と並走しています。
そして、抗利尿ホルモンの作用により集合管内の水が毛細血管に吸収されることで、尿量が減るのです。
抗利尿ホルモンの作用をミクロな視点から
抗利尿ホルモンは、集合管を構成している細胞に存在する、「V2受容体」という部位に作用します。
受容体への作用の結果、活性化する物質が「アデニル酸シクラーゼ」です。
活性化したアデニル酸シクラーゼは、「cAMP」という物質を増加させます。
そして、増加したcAMPは「アクアポリン2」という組織に働きかけ、水の透過性を高めます。
その結果として、集合管→毛細血管という水の移動が亢進し、抗利尿作用が発揮されるのです。
抗利尿ホルモンの分泌を促進する要因
抗利尿ホルモンは、主に以下の要因により分泌が促進されます。
- 血漿浸透圧の上昇
- 循環血液量の減少
※血漿浸透圧:血液中に溶けている物質の濃度、循環血液量:全身を流れる血液の量
以上のうち、抗利尿ホルモンが鋭敏に反応するのは血漿浸透圧の上昇であり、1〜2%上昇するだけで分泌が促進されます。
一方、循環血液量の減少に対する感受性は低く、約10~15%減少しないと抗利尿ホルモンの分泌は促進されません。
抗利尿ホルモンの分泌異常
抗利尿ホルモンは何らかの原因により、正常に分泌されない場合があります。
そのような分泌異常が発生すると、以下のような疾患が引き起こされます。
分泌過剰 | SIADH |
---|---|
分泌低下 | 中枢性尿崩症 |
本記事で取り上げる抗利尿ホルモン薬は、不足している抗利尿ホルモンを補うための薬剤です。
そのため、分泌低下が原因である中枢性尿崩症に対して用いられています。
その他、夜間の尿失禁をきたす夜尿症に対しても使用されています。
抗利尿ホルモン薬の適応疾患:①中枢性尿崩症
冒頭でも説明した通り、抗利尿ホルモンは視床下部で産生され、下垂体後葉から分泌されています。
中枢性尿崩症とは、抗利尿ホルモンの産生障害や分泌障害が起こり、多尿となってしまう疾患です。
具体的な原因として以下が挙げられます。
分類 | 病因 |
---|---|
特発性 | 特異的な病因を特定できない(40%) |
家族性 | 多くはAVP遺伝子の変異 |
続発性 | ・脳腫瘍(頭蓋咽頭腫、胚細胞腫瘍など) ・肉芽腫性病変(サルコイドーシス、Langerhans細胞組織球症など) ・炎症(リンパ球性漏斗下垂体後炎、髄膜炎、脳炎など) ・外傷・手術後 |
続発性の中枢性尿崩症に対しては、抗利尿ホルモン薬だけでなく基礎疾患の治療が必要です。
通常では、多尿により喪失した水分は多飲により補われます。
しかし、高齢や視床下部病変により口渇中枢(喉の渇きを感じる場所)の機能が障害されると、飲水量が減少して脱水をきたしてしまいます。
脱水が進行するとショック症状を引き起こす恐れもあり、「ただ尿が多いだけ」と軽視できない疾患です。
抗利尿ホルモン薬の適応疾患:②夜尿症
夜尿症の定義は、「5歳以上で、夜間の尿失禁が月1回以上の頻度で、3ヵ月以上にわたって続いている」ことです。
比較的頻度の高い疾患であり、5歳児における有病率は約20%と報告されています。
また、男女比は約2:1で男児に多いです。
夜尿症を引き起こす要因としては以下が挙げられます。
- 就寝中の抗利尿ホルモンの分泌低下
- 膀胱容量の過小
- 尿が溜まっても覚醒しにくいという小児特性
これらの要因が合わさることで発症するケースが多いです。
夜尿症では基礎疾患がない場合がほとんどであり、多くは成長とともに消失していきます。
しかし、症状により自尊心が傷つけられたり、学校行事への参加が制限されたりするため、早期に治療を開始することが望ましいと考えられています。
夜尿症に対する治療は、抗利尿ホルモン薬や生活指導(早めの夕食や早寝早起きなど)などです。
さらに、アラーム療法という訓練が行われる場合もあります。
※アラーム療法:尿で湿潤するとアラーム音を発するセンサーをパンツに装着し、夜尿時に強制的に覚醒する訓練
抗利尿ホルモン薬の種類
抗利尿ホルモン薬として広く使用されているのが、点鼻製剤の「デスモプレシン」です。
使用しやすい点がメリットですが、デメリットとして鼻炎などにより吸収率が変動してしまう点があります。
そこで、吸収率が安定しやすいOD錠(口腔内崩壊錠)の「ミニリンメルト」が開発されました。
OD錠は就寝前に水なしで服用できるため、特に夜尿症に対する治療薬として用いられています。
抗利尿ホルモン薬の副作用
抗利尿ホルモン薬の副作用として主なものは以下の通りです。
消化器症状 | 悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛など |
---|---|
精神神経系症状 | 頭痛、眠気、めまい、不眠など |
全身症状 | 倦怠感、発汗など |
低ナトリウム血症 | 疲労感、頭痛、吐き気など 頻度は稀だがむくみ、けいれんなど |
抗利尿ホルモンに関わる2つの疾患
抗利尿ホルモンに関わる疾患として、以下の2つを紹介します。
- 腎性尿崩症
- SIADH
以上の2疾患に対して抗利尿ホルモン薬は使用されませんが、この機会に少し勉強してみませんか?
①腎性尿崩症
腎性尿崩症とは、腎臓における抗利尿ホルモンの反応性が低下するために起こる疾患です。
中枢性尿崩症と同様に、多尿や多飲、口渇などの症状をきたします。
腎性尿崩症を引き起こす主な原因は以下の通りです。
遺伝性 | V2受容体遺伝子の変異など |
---|---|
続発性 | 腎疾患、電解質異常(高カルシウム血症、低カリウム血症など)、薬剤性(リチウム製剤など) |
腎性尿崩症に対して抗利尿ホルモン薬を投与しても、受け取る側に問題が生じているため、治療効果を得ることはできません。
主な治療薬として、サイアザイド系利尿薬が使用されています。
②SIADH
SIADHとは、中枢性尿崩症とは反対に抗利尿ホルモンが過剰となる疾患です。
不適切な抗利尿ホルモンの分泌が発生する原因として、主に以下が挙げられます。
中枢神経系疾患 | 脳腫瘍、髄膜炎、脳炎、脳梗塞、脳出血、外傷など |
---|---|
胸腔内疾患 | 肺炎、肺膿瘍、肺結核、悪性腫瘍、喘息など |
薬剤性 | ビンクリスチン、カルバマゼピン、クロフィブラート、アミトリプチリン、イミプラミンなど |
異所性AVP産生腫瘍 | 肺小細胞癌、膵癌など |
SIADHにより体内に水分が貯留すると、血液が希釈されて低ナトリウム血症が引き起こされます。
低ナトリウム血症は、脳細胞に水分が過剰に貯留する脳浮腫という病態を引き起こします。
その結果として、食欲低下や頭痛、悪心・嘔吐や傾眠傾向といった様々な症状が生じるのです。
低ナトリウム血症による症状は、血清ナトリウム濃度が低いほど、または低下する速度が速いほど重症となります。
慢性的に低ナトリウム血症が進行すると無症状のことが多く、血液検査を受けた際に偶然発見されるケースも多いです。
尿崩症とよく似ている心因性多飲症
最後に、尿崩症とよく似ている疾患として心因性多飲症を紹介します。
心因性多飲症に対しても抗利尿ホルモン薬は使用されませんが、せっかくの機会ですので見ていきましょう。
まず前提として、心因性多飲症は中枢性尿崩症・腎性尿崩症と症状がほとんど同じです。
そのため、これらの疾患は見分けるのが難しいのです。
本記事で解説してきたように、尿崩症では(中枢性 or 腎性で理由は違えど)抗利尿ホルモンの作用低下が起こります。
その結果、多尿となって喉が渇くために多飲が引き起こされるのです。
一方、心因性多飲症ではストレスや精神疾患などにより、まず喉の渇きと多飲が起こります。
その結果、血漿浸透圧の低下や循環血液量の増加が起こり、抗利尿ホルモンの分泌が抑制されて多尿が引き起こされるのです。
実際の医療現場では両者を見分けるために、「高張食塩水負荷試験」や「水制限試験」といった検査を行っています。
治療としては水制限などが行われ、薬物療法は基本的に行われません。
まとめ:抗利尿ホルモン薬で中枢性尿崩症や夜尿症を治療しよう
抗利尿ホルモンは、視床下部で産生されて下垂体後葉から分泌され、集合管のV2受容体に作用するホルモンです。
血漿浸透圧の上昇や循環血液量の減少により分泌が促進され、水の再吸収により抗利尿作用を発揮します。
抗利尿ホルモン薬は、中枢性尿崩症や夜尿症に対して用いられている薬剤です。
主な種類に、点鼻製剤のデスモプレシンやOD錠のミニリンメルトがあります。
副作用に注意しつつ、抗利尿ホルモン薬を治療に役立てましょう。